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吉犬クン 自己紹介

阪神淡路大震災

2015/01/17(土) その他その他

今日で阪神淡路大震災から20年です。

私は地震発生時、神戸市東灘区のマンションに住んでいました。大きな揺れがおさまった後、マンションの住人みんなと公園で夜が明けるのを待ちました。駅前の商店街の方で火の手が上がっているのが見えましたが、誰も動けませんでした。明るくなってから公衆電話に並んだり(周りの誰も携帯電話を持っていません)、開いているお店で食料や水を分けてもらったりするために動き出しましたが、その時初めて町の様子が一変していることに驚きました。地面からすぐに2階の屋根があって、道には瓦が散乱しています。倒壊した高速道路の傍も通りましたが、崩れた古代遺跡のようでした。ほとんど車も通らないので、町が異様に静かだったのが印象にのこっています。

もう二度とあんな思いはしたくないです。

今朝の朝日新聞の天声人語に神戸出身の詩人、安水稔和さんの詩が載っていました。

あのときあの場所にいた人みんなの気持ちだと思います。

「くやしい」

 砕けたがれきに

そっと置かれた

花のくやしさ。

 

「泣く」

ここにいる人は

一度は泣いている。

あのとき

すぐに。

あのあと

ずいぶんたって。

このあと

いつか不意に。

 

 

 社長コメント

以下、日経ホームビルダー編集者の記事より

まっすぐ見ること、忘れないこと、考えること 2015/01/16

建築を専攻して建設分野の専門記者になりながら、当時は木造住宅の耐震性能についての問題意識をさほど持ち合わせていませんでした。漫然と「命は守ってくれるもの」と考えていた住宅が、おびただしい数で無残に倒壊・圧壊した現実を目の当たりにすると、言葉ではうまく表現できない、見ている風景がゆがみだすような気持ちになりました。阪神大震災は私の仕事や生き方に少なからぬ影響を及ぼしました。

例えば日経ホームビルダーという住宅専門誌は、阪神大震災の経験がなければ今の形では誕生していなかったかもしれません。

数日間、阪神間を歩き回ってシャッターを切ったのは、地盤関連の被害よりも住宅関連が大多数でした。生活を守るはずの住まいが無残にひしゃげてつぶれ、その結果、命を失ったり、生活を壊されたりした人々の様子に目を奪われてしまったのです。

 阪神淡路大震災

 

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